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一粒の種

「第6回がん患者大集会」に参加しました。
経験者としての集いに参加するのは初めてです。

あまり期待しないで行ったということもありますが
予想以上でした。

少なくとも、主催者及びパネラーの方々が
自分の経験をきちんと咀嚼して
今のがん治療における問題点を多面的に考えている

そのように見受けられました。

そして、患者自身の意識の向上を目指しているという姿勢が
表れていることに深く頷けました。

底辺が広がってゆくことを願います。
そして私も何らかの形で関われればと
模索しています。

*************************************

もうひとつ。

第一部と第二部の間にあった

詩の朗読、そして歌。

この歌が私の心のふるさととなりつつある場所、宮古島から生まれていることに
深いご縁を感じながら・・・

一粒の種~合唱~

HPから視聴できます

詩の元となった言葉は、46歳で亡くなった末期がん患者より紡ぎだされました。
その患者の言葉を受け止めた宮古島出身の看護師の書いた詩に

涙が溢れて溢れて止まらなくなりました。

種となりたい人々の想いとともに風の如く生きようぞ。
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ていねいに

肝がんが発見されてから
それに向き合うことが最重要課題であった。

退院して、術前の目標をクリアして
実は目標を失ったの如く
経験者として何が出来るだろう
何をすべきだろうと模索していた。

けれど、
私には家族があって
自分の生活があって
日々の仕事と、心ほどくための愉しみもある。

そしてさらにいくつかの案件を
放置したままでもいる。

直近の目標に突き進む運と力に
恵まれていると自負しているが
諸刃の剣でもあり、
長期的目標を持つのが実に苦手である。

「火事場」であったのだから
馬鹿力も必要ではあったが
体力が戻ってきたのだから
まずは案件たちの再評価をして・・・

がん経験者として活動する時間を持つことは今はするまいと決めた。

ここに自分の経験と想いを書き記すこと
その時間枠だけは取ろうと思う。

そして自分の身体の声を聞くことだけは忘れないでいようと思う。

変わらないことの大切さ

このブログも
すっかりご無沙汰になってしまった。

サバイバーであることをどこか心にかけつつ
日常を生きている。

そんな中で、

病が確定したとき、寄り添ってくれた友人の一人を失うことになった。

仕事と友情が
並び立たなくなった
お互いの仕事の信念の琴線に触れてしまった

ただ、それだけのことと思う。

でも当時(かなり)親身になってくれた友人だっただけに
罵倒されたときは、
正直動転したし、泣いた。
今でも悼む。

が。

冷静になってみて、
弱っていた時期につけこまれていて
いいように操られていたようにも感じる。

病気を経てなお変わらずに接してくれる人は
実は数少なくて

けれど。

その有り難さを、今さらに大切に思うのだった。

特別視はせず、
今の私を見て
さほど気遣いもなく
けれど私が疲れるかもしれないことを忘れないでいてくれて
疲れたとき言い出せる空気さえあれば

それが何よりなのだ。

検診考

病気後、特に専業主婦の友人達には
定期健診を受けるように
可能ならばがん検診を数年に一度で良いから受けるようにと
アドバイスしてきた。

わかりやすいメッセージとして。

けれど。
本音を言えば、自己責任において、どちらでもいい。

そもそも定期健診で異常が見つかったことは
幸運な一例に過ぎない。
そして、わたしが病後受けている検診も
統計確率論の下に選ばれた最小限なのだ。

もし、万が一にも突飛な転移があったら
それは多分自覚症状が出るまで気づけない。

その上で腹を括るか、
それとも数年に1度はトータルながん検診を受けるのか・・・

私自身考え中である。

ただ。

安易に何もケアせずに
自覚症状すら心で打ち消しながら
病が見つかったときに
ああ、やはり検診を受けておけば良かったと・・・

そんな後悔はしてほしくないし、
病と向き合う姿勢を持つということが大切なのだと

本当のメッセージは、そこにあるのだ。

RFL

20090922194421


患者のHPから辿って知ったとあるイベント。

「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」

今年の開催地の中に
私にとっての故郷、と呼べる場所があり
参加するかどうか考えた。

しかしもともとこの時期には
相方とその友人達との旅行が予定されており、
それを覆してまで参加する選択肢はありえず、

けれど、数日前に思い立って
その場所に実行委員会に寄附を行った。

そして今日。
丁寧な御礼の手紙とともに
バンダナ等と、リストバンドが届いた。

・・・本当は参加したかった。
何故だろう。
たぶん、術後に
歩くことが、ただ普通に歩けることが
どれほど大切で貴重なことなのか身に沁みたからなのだと思う。

けれど、6cmという腫瘍を持ちながら様々な幸運に恵まれて
完全に切除され、抗がん剤を使うこともなく今を生きている私に
がん患者であった過去以上に、
従前の日常に戻って生きることのほうがより求められている

だから強く参加したいとは言えないままに今日まで来た

それでも。
今日届いたバンドは、私が歩きたかったことをわかっている。
心の中に昔からあるあの風景の下で
サバイバーズラップを歩きたかったことを。

それは叶わなかったけれど
日々ずっと歩き続けて、心でたすきを繋いで、
今も病と共にある皆さんに寄り添えたらと願う。
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